おはこんにちばんわ🌅🏙🌃

パロネラパークについて、せっかく日本語のガイドを現地でもらったからその全文を載せておこうと思う。
ただのサクセスストーリーではなくメッセージ性の強いものだと思ったので是非一読して頂きたい。

ちなみにパロネラパークはこちら。
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ということで、以下。


Paronella Park
The Dream Continues...

『あの日、あの滝に立ち、ここに自分の城を築こうと決めたのは、まるで昨日の事のようだ...

滝と共に生き、城建設に生涯を捧げたパロネラパークの創設者ホゼ・パロネラが、生涯の幕を閉じる時の言葉である。

スペインの田舎町...月明かりの中、祖母が眠る前に話してくれるスペインのお城や貴族にまつわるお伽話に心をときめかせる少年がいました。いつも話の主人公に成りきっていた少年の夢は、『いつか自分自身のお城を持つ事』。
パーク創設者ホゼ・パロネラの原点はここにありました。

しかし、夢とは程遠い厳しい生活の中で、ホゼ少年の夢はあまりにも大き過ぎたのです。家族を助ける為に早く学校を退学したホゼは、20歳を過ぎてケーキ職人として働き、そこで経営・商法を学び立派な青年へと成長していきました。そんなホゼに、人生の転機が訪れました。オーストラリアでの労働者募集の広告を見つけたのです。『人生の中で何を成し遂げたいのか?』、自分自身と向き合ったホゼは、さらなる自分の可能性に掛けて、26歳の時、移民としてここにオーストラリアの大地にやってきました。

ホゼはここクイーンズランドで、サトウキビを刈る仕事を始めました。新しい土地でホゼを待ち受けていたもの...それは肌を焼くような灼熱の日差し、雨季には一日どしゃぶりの中での過酷な労働。ホゼのように移民で来た労働者は厳しい生活を嘆き悲しみましたが、ホゼは希望を見失わず夢を描き続け、必死に働き続けました。その後、サトウキビを刈る仕事で身に付けた知識と経験を活かし、自らオーナーとなって土地開発をしてお金を作り、力を付けていきました。この時、既にオーストラリアに来てから16年間という月日が流れていました。

そんなホゼはある日、あるものに心を一瞬にして奪われました...それは、熱帯雨林にたたずむ美しい "ミーナ滝"。

『ここは世界で一番美しい場所だ。ここに長年の夢である城を築こう』と心に決めました。ミーナ滝に立ち、滝を眺めながら、既にホゼの頭の中にはパークの全体像が完成され、建物の細部に至るまでも見えていました。

ホゼ、42歳。土地を購入し、遂にお城の建設がスタートしました。
城・庭園のデザインは、故郷スペインに一旦戻り"マルガリータ"と結婚した後に、ハネムーンで訪れた数々の歴史的建築物や、スペインを代表するガウディの作品からヒントを得ています。そこにホゼ独自のアイディアを融合させ、図面を一切引かずに、頭の中の構想図に基づき建設をしていきました。滝を利用して造り上げたクイーンズランド初の水力発電所も、自然を愛したホゼならではのものです。

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6年間、建設に熱中し、『自分のお城を持ちたい』という少年の頃の夢は形を変え、『誰もが楽しめる場所パロネラパーク』として1935年、遂に完成しました。

ロマンチックな外観を持つお城では、赤や青の光が点灯され、アメリカ製のミラーボールが幻想的な光を放つ中、ダンスパーティーや結婚式が豪華に行われていました。また土曜日の夜には、映画館として白黒でチャップリンなどが上映されていました。47段の大階段を下りたところには、カフェとして使用されたお城があり、マルガリータ特製のスペイン料理・スコーンを食べたり、広場でテニスの試合が行われる時は観覧席としても使われました。また滝沿いでは水泳やピクニックも楽しまれました。

パロネラパークは、第一次世界大戦後、厳しい時代背景を生き抜いた人々に安らぎと希望を与え、彼等の笑顔と感謝はホゼへ贈られました。こうしてパロネラパークは、誰もが認める社交場となったのです。

ここまでのホゼの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。言葉も文化も違う異国の地で一から始めるという事、画期的な建築のアイディア・構想は周りからはバカにされ、労働者と同じ夢を共有するという事はとても難しく...しかし、ホゼは強い信念と情熱・努力で、不可能と言われた夢を現実のものへ変えていったのです。

1946年、大惨事が起こりました。パーク上流で土地開発のために切り倒された木々が激しい洪水と共にミーナ滝から流れ込みらたった40分でパークに壊滅的な被害を与えたのです。翌日、絶望的に変わり果てたパークを目の前に、ホゼとマルガリータは震えが止まらず、無言の涙を流しました。しかし、ホゼはここで諦める事は出来ませんでした。彼等は再建へと夢をスタートさせ、再び人々が訪れるようになりました。

しかしこの頃、手術不可能であった胃ガンはホゼの体を徐々にむしばんでいきました。建築家であり、経営者であり、父親であり、そしてドリーマーとして強く在り続けたホゼ・パロネラは、1948年8月23日、60歳でその生涯を閉じました。

ホゼの死後、パークは家族により運営されましたが、度重なる自然災害や、時代と共にパークで過ごす人々が少なくなり1977年、遂にパロネラファミリー以外に売却される事になりました。その後、新しいオーナーも見つかりましたが、1979年の大火災により建物内部が全焼し、1986年には台風・洪水がパークを再び襲い...輝かしい歴史を刻んだパークは廃墟化し、人々の記憶から忘れ去られた場所となっていってしまったのです。

それから時は流れ...1993年。オーストラリアをキャンピングカーで旅していたマーク&ジュディ夫妻がパロネラパークを訪れ、深い熱帯雨林に埋もれた滝と古城に心を奪われました。そしてこの場所をリサーチしたところ、一人のスペイン人の存在を知りました。二人はこのパークを蘇らせると同時に、今まで語られることのなかった創設者ホゼの夢ストーリーも蘇らせたのです。今日、ここで語られている物語は、この二人になら父親の想いを託せると感じた、ホゼの実娘テレサから伝えられたものとなっています。パークはその後、クイーンズランド州の観光賞、重要文化財も受賞し、さらにクイーンズランド州全土の観光地の中で『Must Do No.1(絶対に行くべき場所No.1)』に輝きました。こうしてホゼの夢は、世界中の人々に語り継がれています。

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ホゼ・パロネラが長年の"夢"を"形"へと変えたパロネラパーク。
ここへ、何年もの時を超えて来られた皆さん。
メインテーマであるThe Dream Continues...(夢が続く)は、ホゼの夢が生き続けるという意味だけでなく、パークから何かを受取ったあなたが、今度は夢を形に変えていく時がきたという事なのです。

夢は想うものではなく、叶えていくもの...
ホゼ・パロネラの夢の続きを、あなたの夢の始まりに...。

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以上。
おそらく日本語訳したのが海外の方だからか、ところどころ日本語に違和感があるのは悪しからず。
そんなことより内容。
この記事書くにあたって、ガイドを改めて読み直したけど、アツいね。これ。


夢は続くんだよ。まさにこれ。
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夢について歌った素敵な曲はたくさんあるけど、"夢は想うものではなく、叶えていくもの..."という一文がこの曲の中にも類似のものがあったのでこちらで。

努努 / One Ok Rock




厨二病とか言われようが、夢がないネガティブな生き方より、夢があるポジティブな生き方の方が良いよね。やったろうや、やったろうや!!

また次回!アディオス✋️